「もっと効率よくやって」
仕事をしていると、そう言われることがある。
たしかに、早く終わらせた方がいい。
無駄な時間は、少ない方がいい。
それは分かっている。
でも、こちらも別に、わざとゆっくりやっているわけではない。
確認しないと不安なところがある。
急ぐと抜けが出る。
雑に済ませて、あとで迷惑をかけたくない。
だから丁寧にやっている。
それなのに、「もっと効率よく」と言われると、自分のやり方を全部否定されたような気持ちになることがある。
「効率よく」って、結局どういうことなんだろう
効率よくやりたくない人は、たぶんあまりいない。
できれば早く終わらせたい。
同じ作業なら、少しでも楽に進めたい。
無駄な手間は減らしたい。
でも実際の仕事では、そう簡単に割り切れないことがある。
確認しないとミスをする。
急ぐと抜けが出る。
丁寧にやると時間がかかる。
そのどれを削ればいいのか、自分にはよく分からないまま、今日も仕事をしている。
そこに「もっと効率よく」と言われると、具体的に何を変えればいいのか分からなくなる。
人によって「効率」の意味が違う
要領がいい人を見ると、確かに仕事が早いなと思うことがある。
でも、よく見ると、
確認をあまりしない人もいる。
細かいところを気にしない人もいる。
「まあいいか」で進めている場面もある。
それが悪いということではないと思う。
その人には、その人なりの進め方がある。
仕事の種類によっては、それでうまくいくこともある。
でも自分には、なかなか同じようにはできない。
ミスをしたくない。
迷惑をかけたくない。
ちゃんとやりたい。
そういう気持ちがあるから、どうしても時間がかかってしまうことがある。
それなのに、ただ「もっと効率よく」と言われると、どこを削ればいいのか分からない。
「丁寧」が「遅い」になる職場
丁寧にやっているつもりが、「遅い」と言われることがある。
確認を重ねているつもりが、「判断が遅い」と言われることもある。
同じ行動でも、見る人によって評価が変わる。
そこが難しい。
私も以前、取引先へのメールが遅いと言われたことがある。
文章が変じゃないか。
失礼な言い方になっていないか。
添付ファイルは間違っていないか。
それが気になって、送る前に何度も読み返していた。
自分では、ちゃんと確認しているつもりだった。
でも外から見ると、ただ「遅い」に見えていたのかもしれない。
手を抜いていたわけではないのに。
むしろ、ちゃんとやろうとしていたのに。
そう思うと、少しだけ悲しくなった。
早くやるほど、不安が増えることもある
「効率よく」と言われると、とにかく早くしなきゃと思ってしまう。
でも、急いで終わらせるほど、あとから不安になることがある。
あれ、本当に合っていたかな。
確認し忘れたところはないかな。
あとで誰かに迷惑をかけないかな。
仕事は終わっているのに、頭の中では終わっていない。
そんな感じになることがある。
早く終わらせることと、安心して終われることは、必ずしも同じではないのだと思う。
一度、「どこに時間がかかっているか」を見てみる
とはいえ、「効率よく」と言われるたびに落ち込んでいると、自分がしんどくなってしまう。
だから一度だけ、自分がどこに時間を使っているのかを見てみるのもいいかもしれない。
確認に時間がかかっているのか。
判断に迷っているのか。
作業そのものに時間がかかっているのか。
そこが分かると、少しだけ対策しやすくなる。
確認に時間がかかっているなら、チェックする順番を決めておく。
判断に迷っているなら、迷いやすいところだけ先に聞いておく。
作業そのものが遅いなら、毎回同じ作業をメモにしておく。
全部を一気に変えなくていい。
一か所だけ、少し楽になるところを探すくらいでいいと思う。
「効率よく」は、言われる側には重い言葉
言う側は、何気なく言っているのかもしれない。
でも、言われる側には残る。
もっと早くしなきゃ。
今のやり方ではだめなんだ。
自分は仕事が遅いんだ。
そんなふうに考えてしまうことがある。
でも、丁寧にやろうとしていることまで、全部だめなわけではない。
ミスを減らそうとしている。
相手に失礼がないようにしている。
あとで困らないように確認している。
それも、仕事の一部だから。
ただ、時間がかかりすぎているところがあるなら、少しだけやり方を見直してみる。
そのくらいでいいのかもしれない。
「効率よく」と言われてつらくなるのは、真面目にやろうとしているからだ。
ちゃんとやりたい気持ちがあるから、簡単に「早く済ませる」だけにはできない。
その不器用さを、自分だけは責めすぎなくてもいいのだと思う。