夕方になって、そろそろ今日の仕事の終わりが見えてきたころ。
「これ、今日中にお願い」
そう言って、急ぎの仕事を渡されることがある。
もちろん、仕事だから仕方ない。
急ぎの事情があるのかもしれない。
誰かが困っていて、どうしても今日中に必要なのかもしれない。
そう思うから、表向きは「はい」と受け取る。
でも心の中では、少しだけ思ってしまう。
もっと早く言ってくれたらよかったのに。
夕方の「今日中」は、けっこう重い
朝に言われる「今日中」と、夕方に言われる「今日中」は、同じ言葉でも重さが違う。
朝なら、まだ段取りを組み直せる。
他の仕事との順番も考えられる。
少し急げば、なんとかなるかもしれない。
でも夕方に言われると、もう残っている時間が少ない。
今日中と言われても、定時までなのか。
残業してでも今日中なのか。
どこまでの完成度を求められているのか。
そのあたりがはっきりしないまま、急に自分の時間だけが削られていく感じがする。
断るほどではないから、余計にしんどい
「できません」と言えるほど無理な量ではない。
でも、簡単に終わるわけでもない。
だから結局、受けてしまう。
「わかりました」と言いながら、頭の中では、今日やるはずだった別の仕事や、帰ってからの予定が静かに消えていく。
買い物に寄ろうと思っていた。
早めに帰って休もうと思っていた。
今日は少しだけゆっくりしたかった。
そんな小さな予定は、仕事の前では言いにくい。
大きな予定ではないからこそ、なおさら言えない。
残業そのものより、急に決まることがつらい
残業が全部嫌というわけではない。
忙しい時期もあるし、助け合わなければいけない日もある。
でも、夕方になって急に「今日中」と言われると、こちらの段取りや気持ちは置いていかれたように感じる。
もっと早く共有されていれば、違ったかもしれない。
せめて午前中に聞いていれば、少しは心の準備ができたかもしれない。
そう思ってしまう。
仕事の量だけではなく、渡されるタイミングにも疲れることがある。
「もっと早く言ってください」が言えない
本当は言いたい。
「もう少し早めに言ってもらえると助かります」
でも、それを言うと、文句を言っているように聞こえる気がする。
協力したくない人みたいに見られたら嫌だし、「急ぎなんだから仕方ないでしょ」と思われるのも怖い。
だから、言葉を飲み込む。
その代わりに、パソコンの前で少しだけ深く息を吐く。
そして、また作業を始める。
小さく確認するだけでも、自分を守れるかもしれない
毎回きっぱり断るのは難しい。
でも、少しだけ確認することはできるかもしれない。
「今日中というのは、何時ごろまででしょうか」
「今やっている作業と、どちらを優先した方がいいですか」
「全部は難しそうなので、先に必要な部分からでも大丈夫ですか」
そんなふうに聞けたら、少しだけ自分の時間を守れることもある。
それでも言いにくい日もある。
聞くことすら疲れる日もある。
だから、うまく言えなかった自分を責めなくてもいいと思う。
早く言ってほしいと思うのは、わがままではない
夕方に仕事を渡されて、残業になる。
それだけなら、よくあることなのかもしれない。
でもそのたびに、こちらの予定や気持ちがなかったことにされるようで、少しずつ疲れていく。
「もっと早く言ってくれたらよかったのに」
そう思うのは、わがままではない。
仕事をしたくないのではなくて、自分の時間も、少しは大事にしたいだけなのだと思う。